2013年6月28日金曜日

フクシマ被災地ツアー・感想文・メール特集

■フクシマ被災地ツアー・感想文・メール特集■

参加者からの感想文やメールが届けられましたので、掲載いたします。


23,24日二日間のバスツアー本当にお世話になりました。
マイクロバスと聞き、バス酔いをする私としては出かけるのをためらいましたが、薬を飲
んで参加させていただきました。しかし、ドライバーを務めた伊藤さんのスムースな運転
で気分を悪くすることもなく、見て回ることができました。ありがとうございました。
宮城には三回ほど行っていましたが、福島は初めてでした。近所に避難された双葉町、
富岡町の方からお話は聞いていましたが、現地に行ってみると話以上の惨状でした。
  夜の福島大学の安藤先生の村の分断、家族の分断の話、二本松からかけつけた根本さ
ん、大変苦労しながらの農作業、放射能を測りながら苦労されている様子がよくわかりま
した。一柳閣のおかみさんの飯坂温泉の宿が営業している数が減った話、どれも身につま
されました。

翌日は被災地浪江町、原発を作らせなかった浪江町がいまはバリゲートが張り巡らさ
れ、まるで見捨てられた町と化しているのにはショックを受けました。元漁師の志賀さ
ん,今漁ができなくなって仕事がないとの事、その志賀さんの案内で請戸に。ここは昼は
入れるものの夜は入ることができない状態です。しかし放射能が高く、人々の姿を見るこ
とはできませんでした。ただ家があったと思われる場所が、土台だけを残しているので
す。多くの方が津波で流され、また家などの下敷きになったまま助けに入れず、亡くなる
ということもあったことでしょう。
事故後、高い放射能の為町に入れず、多くの方が犠牲になっていること。助かったはず
の命が助けられずに亡くなったであろうこと。未だ手つかずに田畑に船や車が散乱してい
ること。本当にやり切れない思いで見てきました。
希望の丘牧場に向かいましたが、そこで牛とともに生活をしている吉澤さん、今でも
空間線量の高い場所で牛を飼育しているのです。この牛たちは福島原発事故の生き証人
(牛)として全うするでしょう。しかし、吉澤さんの体が心配です。個人では何もできま
せんが、友達に見てきたことを話しています。みなびっくりしています。だから原発はだ
めだよねと最終的には考えてくれることを期待しながら。
こんな福島の現状を知っても安倍首相は世界一安全な原発をと売り込むのですかと問い
たい気持ちです。
いろいろ手配など奔走してくださった手塚さんお疲れ様でした。そして、ありがとうご
ざいました。
高橋弥寿子




JR小高駅からまっすぐ伸びた商店街のまったく人気のない状景、浪江町で打ち上げられ放置された漁船、希望牧場の生かされるだけの放牧牛350頭。聞いたり読んだりする事とは段違いの現実を見させてもらいました。小高のたった一軒だけ開いている理髪店、350頭の牛を原発事故の証として世話をしている吉沢さん、ガイドを務めていただいた志賀さん。多くの人が懸命に原発事故ととてつもなく永い戦いを続ける決意を感じ取ることができました。こういう機会を作っていただきありがとうございました。昨日一昨日と会った人たちにこの事実を伝えています
杉森一雄


 貴重な企画ありがとうございました。
 目にすることの難しい有様をみること、現地の方々の生の声をきくことができました。

 なんらかの形で、見たこと聞いたことを可能な限り素直に伝える活動をしたいと思って帰ってきまし た。

 1泊2日を1万1千円で企画できたことに舌をまいています。すごいことです。
 お会いし、言葉をきくことのできた方々がそれぞれ素晴らしい方々で、そのコーディネート力にも脱 帽です。得がたい体験でした。

 伊藤隆志さんに感謝していたとお伝えください。

 ありがとうございました。

東大生協OB会 井上文雄




 ありがとうございました。さすがアトムの手っちゃん。企画に加え当日の運営・気配り・笑わせてことにあたる。臨機応変。感心しました。辛酸を超えて希望への信念がいい・これからもよろしく

伊藤さんの腕前にも感激しました。スピード安定・急発進も急停止もない。現役中いい仕事してきたかとがうかがえました。貴兄はよき友人を持ったものです。
  
女房のほうが早く感想を書いたので転送で送ります。私はあとから?。メモと写真を添付。

重ねてサンキュウ。
高橋晴雄


 今回のツアー企画から実施までのご苦労・ご努力に感謝しています。

 感想文ですが、その種類の文章は苦手にしています。

田崎 透


 福島の人たちの肉声が聞けた事、地震と津波と原発の被災をこの眼で見れたことがとても良かった。
現地の彼等に応えて、福島を見捨てることなく真実の実態を周りに伝え自分の居場所で活動を頑張っていく。
宮内 隆




フ・ク・シ・マ被災地ツアー21名参加!

2013年6月23日24日に21名の参加者とフ・ク・シ・マに行ってきました。
見ること・聞くことが,悲しかった、悔しかった。
安藤教授は「人と人が、地域社会が、親子が、兄弟が、家族が・・・分断されている」
漁師だったガイドの志賀さん「一生、漁はできない事になりました」
牛飼いの吉沢さんは、原発から14kmの牧場で、巨大地震・巨大津波そして被爆の中、「命がけで牛の命を守ると・・」350頭の牛達とともに、今、闘っている!!

福島大名誉教授の安藤さん

一柳閣の女将の島貫さん・厳しい環境の中で頑張っていた。

安斉(根本)さんも二本松から急がしい畑仕事の中、駆けつけてくれた。

ルポライターの西村さんも福島で取材中。飯坂で合流した。

総勢21名と旅館の女将・スタッフとともに。朝はラジオ体操をやった


原発20kmと20km以上の境界線で、ガレキの多さが違う
あの日から、そのままの自転車置き場・今にも通学生の声がしそう

無人の街・誰もいない。撮影前の映画のセットのようです。床屋さんがお客がいないのに営業を行っていた。

小高駅は、今も閉まったまま。線路は雑草で埋まっていた。(自転車置場が脇にある)

今回のツアーで初めて知った、日本国憲法の秘話。GHQと時の政府に、憲法素案を提案していた学者グループが存在し、その中心に鈴木安蔵(憲法学者)がいた事。誰かが「GHQが作った憲法がおかしい」と言っているが、真っ赤なウソで、GHQが日本人の作り上げた憲法を参考にした・・・と言うより『比較するとまったく類似している』、映画「日本の青空」は必見モノで、できれば企画を考えたい気持ちになった。(無知で恥ずかしい話だが、福島の誇りが一つ増えた)

検問があった。昼は通行可能となっているが、許可証が必要。もしくは漁協など関係者のみが入れるエリアらしいが夜と宿泊は今でも禁止。(昼ならと思っていたが、後で大変な事が・・)

鈴木安蔵氏の生家も被害が・・。同行の宮内さんが映画の紹介をしてくれた。

村上海岸は、大自然の脅威を教えてくれた。破壊された防波堤

ガイドの志賀さんは、破壊つくされたこの地区の住民でもある。

鉄の柱だけが残った水門。

空と海の青さと空爆を受けたと思うような光景がなんとなく不気味な感じだった。

巨大なコンクリートの塊りがアチコチに横たわっている

船も自動車もそのまま。ガレキも。高線量でもあり、片付けができない。

参加者の顔から笑顔が消えた。皆、瞬間、呆然としていた。

原発の煙突が見えた。地震と津波と原発事故で、街の道は至るところはバリケードで封鎖されていた、映画「アウトブレイク」(街全体が細菌の汚染され、封鎖して、街に核爆弾を落として殲滅させる)状態になっている。外部からは遮断しているように見える。東京に向かう道は3時なのに、封鎖されていた。3時間近く遅れてしまう。

牛350頭は、生きている。多くの酪農家は、避難のため、牛をおいて逃げざるを得ない。しかし、高線量の中、被爆しながら、牛達の命を守る人がいた。置いてきぼりの牛も連れてきたり、当然、売れない牛であり、政府は殺処分を命じたが彼、吉沢氏は「牛飼いは牛が命」と・・。エサ代もないので、配合飼料は高いので、ワラともやしに絞りかすを与えている。浪江は、事故の避難連絡が一番遅く、線量の高い地域へと逃げていた。「政府は、浪江をなくなる町にする気だ」と彼は言う。そんな事には絶対にさせない。この牛が証人として、この地で生きる事に・・・。凄い人物がいた。全国の原発地にも行き、渋谷でも街頭宣伝もやり、講演も多いらしい。東大でもやりたいとの事。最後に戦いを身につけている団塊の世代に猛アピール「20年運動やれる時間があるでしょう!?やれば原発はなくせます」と。


熱く、整然と、魂に響く吉沢氏の言葉。ハートにズシンズシンとくる。

東電に補償させるために積んだ、汚染されたワラ

吉沢氏を囲んで話を聞く参加者。皆、驚いていた。

2013年6月23日日曜日

       おはようございます。
   本日、フ・ク・シ・マ・に行こう!!

●昨夜、8時ごろイエ電が鳴っていた。超早寝の私は、もう布団の中でベルの音を2階で耳にしていました。 少し、悪い予感が.....。

電話の主は、この時間なら一人しかいない。ハルさんだった。「〇〇さんが突然のアクシデントがあり、ご夫婦で参加ができなくなってしまった。幸い大きな事故ではないが・・。」と低い声。予感は的中してしまった。

そんな事で、最終的に参加者は20名となる。でもまだ最終ではないのです。8時50分集合がその時なのです。波乱の幕開け。


・フクシマは、私達に何かを問いかけている・希望も試練も・・・。
TVでも、新聞でも見えない、聞こえない、感じられない数々のことを。リアル・フクシマを五感で捉える、このバスツアーは意味がある。

(約1ヶ月間も風邪を引き続けたが、やっと直りかけてきた。バスツアーの準備と風邪は終了したが、旅はこれからです)

2013年6月21日金曜日


   最終的に参加者は22名になりました。
  フ・ク・シ・マ・ツアー締切ました。
   いよいよ、23日フクシマへ行きます!!

       <最終の案内>

1.期日:2013年6月23日(日)24日(月)

2.行先:飯坂温泉泊⇒南相馬・小高地区

3.集合:小竹向原駅・一番出口(階段を上がった所・ローソン前)

4.集合時間:8時50分集合(時間厳守)9時出発

5.宿泊:飯坂温泉「一柳閣」024-542-4266

6.参加費:1万円(1泊2食付・昼食は各自負担)

  尚、大変申し訳ございませんが、参加者が計画を下回り、
  赤字の為、皆様からお一人1000円の追加料金をお願い
  いたします。宜しくお願い致します。

7.現地ガイド:志賀カツアキ氏携帯09095305524

8.行程:23日小竹向原駅発⇒東北自動車道⇒SAで数回休憩
          ⇒飯坂IC⇒一柳閣着
      24日飯坂温泉8時発⇒南相馬市役所・ガイド合流⇒
         視察⇒原町「道の駅」昼食⇒視察⇒帰途19時着

9.その他:健康保険証・常備薬・替え着・雨具・帽子・日焼け止め
       飲料水・特に熱中症対策をしっかりと。携帯は、充電
       で満タンに。デジカメも。尚、お酒などは予算に含まれ
       ていません。ご持参下さい。旅館は、小さな旅館です。
       除染の作業員の方々も宿泊中です。修学旅行的な大
       部屋になると思います。食事は好評との事。

       ●国内旅行傷害保険は加入済みです。
        (自治会などで利用する保険と同様)
   
「安全」「楽しく」「しっかり見て、聞いて」元気に行きましょう!!
 

2013年6月16日日曜日

  こらんしょ みらんしょ まわらんしょ!

   フ・ク・シ・マ・へ行こう!

22名に到達しました。(OBの会、過去最高へ)

■先日から増えた参加者■(敬称略)
1.篠原真理子 2.篠原タダヒロ 以上2名追加で計22名

<参加者、急増は?>
●呼びかけ人の高橋晴雄さんが大奮闘しています。手づくりのチラシとメールで連日、大車輪!今日も、九条の会の集いに出かけてお声掛けとの事。「28名まであと少しだネ」と・・・。

2013年6月15日土曜日

フ・ク・シ・マ・へ行こう!

20名に到達しました。
参加者が参加者を増やしています。

■取り組み状況■6月15日現在

参加者名(敬称略)

1.田崎 2.宮内 3.杉目 4.伊藤 5.羽鳥 6.對馬 7.西村 8.高橋(晴) 9.高橋(奥様)

10.杉森 11.馬場 12.須藤 13.青沼 14.林 15.林(奥様) 16.井上 17.平井

18.杉島 19.京町 20.手塚 以上 20名

●バスには、28名乗車ができます。23名~24名で収支がトントンになる予定です。
 
  もう一回り、お近くの方にお声掛けをお願いいたします。


<お声掛け>

・東大生協OBの会で、フクシマバスツアーを聞き、行こうと思っていたI氏。家族にも行くことを了承を取っていた。 しかし、当日、貰ったチラシをなくし、困っていたところに、Sさんからお誘いの電話だった。

・tさんよりメールで案内を見たHさん。 とても良い企画で行きたくなり、事務局に直接の電話。「家族との調整がついたら参加したいのですが...。まだ大丈夫ですか?」「折り返し、電話致します」
5分後「家族と調整をつけました。宜しくお願いいたします」

2013年6月12日水曜日

フ・ク・シ・マへ行こう!


フクシマへ行こう!

■取組状況について■
1.参加者は、11日現在 16名になりました。
2.そのため、参加申込の締切を20日まで延長いたします。
3.赤字にしないために、参加者を増やすお声かけをしてます。
  現状ですと数万円の赤字。25名位が必要です。

尚、16名の方々の参加申込があったことから、ツアーは行います
ので、ご安心下さい。但し、人数確保が困難な場合は、大変、申し訳ございませんが、一定額のご負担をお願いする可能性がありますので、予めご了承頂きますよう、宜しくお願いいたします。


□参加申込者□(敬称略)

1.田崎 2.宮内 3.杉目 4.伊藤 5.羽鳥 6.對馬 
7.西村 8.高橋(晴) 9.高橋(奥様) 10.杉森 11.馬場
12.須藤 13.青沼 14.高橋友人a 15.高橋友人b
16.手塚

上記の方々が11日までに確認されている方です。なんらかの事情で掲載されていない方は、09014241670手塚までご連絡下さい。



<打明話>

 アトムの最終の職場は、コープかながわ。今でも「歩こう会」(サークル)でも多少のお付き合いがあり、思い当たる人々に電話をして、フクシマに行こうと声をかけている。スマホでは、SMSで同報通信。SMSをやれない人には通話。B氏が出た。「おう久しぶり」とB氏は「最近、何もする気がない、出かけるのも億劫」と言う。それなら一緒にフクシマへいきましょう!「そうか。わかった。人が足りない時は参加するよ」
                           (そんな人と人のツナガリの中で、ツアーがある)

ドライバー役を引き受けくれたI氏

I氏は、5大学生協統一寮時代と東京事業連合と単協の関係で「仕事も遊び」も一緒な時代を過ごした。当然、寮同窓会の役員である。彼は「俺は、役員はやるけど、ドライバーはやらないよ」と布石を張っていた。  今回は、恐る恐る聞いてみると、「その日、空いているナア」

                    (40年前の付き合いが、昨日のように生きている事がうれしい)