2014年11月26日水曜日

駒場祭の当日、「東大生協駒場同窓会」が開催されました。

22日(金)「駒場同窓会」29名参加で、大成功!!

晴天の中、駒場祭の当日に開催された「東大生協・駒場同窓会」は、29名の参加で大成功を収めました。世話人の方々、大変、お疲れ様でした。2017年の再会を楽しみいています。


2014年11月15日土曜日

フクシマ・ツアーの発案者、高橋晴雄氏の感想文(訂正版)

私もいけた.その訳は①②③⑤ だからフクシマにいけた。 高橋晴雄

  1. 伊藤隆志さんの安定速度・安全運転・絶妙な休憩・2回目だったので安心して参加できた。
運転席の後ろ席でずっとみていた。すごい。前回は83歳の田崎さん、今回は90歳のひともかくしゃく参加・けったいな病気中のわたしも参加できた。いわき出の伊藤光男さんが体調が悪くなっていけなかったのは残念

 2.手塚 テツチャン、長時間運行中 ジョークの連発・手際いいマジな配慮、前回確認済みだった。今回もたがわずの手配士だった、愛嬌のある福島弁。彼の功績は誰でも取り組めるルールを先鞭でつくったこと。
 3とにかく安い費用・・・。新幹線料金だけで福島まで2万円弱  なのに交通費込み宿泊2食付で1万数千円・安給料・年金生活者にはありがたい。しかもおしゃべりつき
4.杉目一紀さんらの企画執行がていねい。不言実行。新たな実行委員を加えありがたかった。」」

5・なんといっても懐かしい21にんの仲間に会えるかもしれない。会えば笑いが出るし、笑えば元気になる。一泊がいい。この魅力が 体の調子で参加を逡巡していた私をひきつけた。結果大丈夫だった

事実は なんと90歳の大先輩も参加しているではないか。
かくしゃく・ふくしまへの定見など,フロと同室で井上さんらと伺えた。30年ぶりであうひと・2本松から放射線と闘う農民の旧知OG根本さんなどと楽しい語らい・百聞は1食〔触〕にしかず、ですね

百聞は一観にしかず。津島さんは終始工藤さんに張り付きビデヲ撮る。大変なはずなのに・後日貴重なでたーに。

被災地の各所にたっての医療生協の工藤さんの説明を聞き歩きながら参加者一それぞれに、事態の重大さを目の当たりにして聞き入った。工藤さんを紹介してくれたのは、福島大生協OB旧知の菅井さん。彼は福島地域に取っ掛かりのない希望者のために福島県9条の会に在って、5コースをつくった。工藤さんはそのひとつコース。

私はちばコープ0Bでの体験で工藤さんの克明な説明に感涙。手塚氏が連絡を取って実行委員と企画。
生協の人は単位生協を越えて赤い糸でつながれているのかなー。


私にとっての福島・フクシマ
故郷がみちのく なので何度も通うちに 原子力推進のウソや闇が見えてきた。”避難路があるから“、”原子規制基準“にそっているから再稼動という川内原発再稼動は 避難から始まる地獄というフクシマが余すことなく示した。

使用済み核燃料も捨てられない、廃炉に40年。30年・100年1万年単位の放射脳半減期。火山、地震国日本、ひとたび起きれはそれこそ日本史〔世界史〕ひっくり返る大事態にもなる。想定外・政府が責任を取る、アベノエセミックス・ペテンミックス。
私には孫がいて、孫の世代がいる。未来世代から収奪して今の利権を守ろうとする暴力構造。今を生きる私もあらゆる個人も団体もそれぞれの条件を生かしてむきあっていくことが希望となる。私はもうすぐ77歳。すべての子供たちがかわいいとしごろ。きになる。私が出来る平和責任はなんだろう?

写真は私の町の市井絵かきのだじゃれ一期一絵。別に被災直後の石巻の生協の店に『希望』という題の絵おくり、今もみやぎ生協が丁寧にかざっている。

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2014年11月11日火曜日

2014年10月28日29日開催・「フクシマ・ツアー2いわき編」感想文集

フクシマ・ツアー2に参加して                                藤岡武義

 10/28-29の東大生協OB会フクシマ・ツアー2に参加させていただきました。
昨年のフクシマ・ツアーには都合で参加できなかったので、再度企画されたのはありがたいことでした。手塚さんや高橋さんはじめ皆さんに感謝します。
 このような企画は、良いコーディネーターやガイドなしには成功しないのではないか、と痛感しました。地元の情報に通じた人なしには見るべき場所や聞くべきことがわかりません。
 今回ガイドとして来ていただいた浜通り医療生協の工藤史雄さんはすばらしいかたです。原発事故に関するあらゆる情報をご自分で調査し、咀嚼されたうえで、ご自分の言葉でわかりやすく説明されました。
 富岡駅周辺の商店街は、津波被害(8m)で一階がほとんど壊れ、多くが傾いたままです。地震から3年半過ぎてもそのままなのは、放射能残留のため最近まで瓦礫撤去に手がつかなかったからだそうです。昨年9月に訪問した宮城県の被災地(ほとんど更地になっていました)と比較して、改めて原発事故の影響を感じました。
 工藤さんが話されたのは、原発建設や維持に東電がどんな手法をとったか、です。双葉町と大熊町の境界に第一原発を作り、富岡町と楢葉町の境界に第二原発を作るなど、はそのひとつです。話には聞いていましたが、楢葉町の身の丈を越えた「総合運動場」(広大なビル)も見てみなければわかりません。百聞は一見にしかず、です。
 現地で40年間反原発運動を進めてきた宝鏡寺住職さん(朝日新聞「プロメテウスの罠」に登場した)が、除染で出た廃棄物の置き場に自分の田んぼをいち早く提供したとき、どんなに悔しかっただろう、と説明した際には、工藤さんは涙ぐんでいました。
 まだまだ感じたことはありますが、この辺にします。まだお出でになっていない方に原発被災地を訪問する機会をこれからもぜひ作っていただきたいと思います。

福島スタディーツアー2に参加して
對馬 労

昨年2013年6月の福島ツアー(南相馬~浪江町)に続き、今回2014年10月のスタディーツアーに参加。いわき市から富岡町まで北上しました。避難指示解除準備地域および居住制限地域への訪問です。

楢葉町JR竜田駅前(6月に営業再開)でマイクロバスを下車。再開にあたって除染がおこなわれたでしょうが、駅舎内切符売り場に設置された線量掲示板は0.193μSv/時を示し、私の住む川崎市の約4倍もの線量。駅勤務員の被曝量も気になりました。駅舎前のポストはブルーシートで覆われ、この地域のくらしがもどる日の遠いことを物語っていました。
 竜田駅から楢葉町役場の脇を通って、山裾にある法鏡寺へ。いわき市内に避難中のご住職早川篤雄師は、長年にわたって反原発運動に携わっていらっしゃったとのこと。ガイドの工藤史雄氏に導かれて本堂横手の墓地を上り、東に開けた町域と海を見渡しながら説明を受ける。3・11では震度6強を記録した楢葉町にありながら、墓石の倒壊はほとんど無し。その要因が、寺の東側を走る双葉断層の存在にあったということを目の当たりにしての、活断層の勉強となった。昼食に使わせていただいた本堂には、「宗教者は原子力発電所の廃止を求めます」の声明(2012年7月)が掲出。呼びかけ人51氏の中に、早川氏のほか、わが故郷福井県小浜市の古刹・明通寺ご住職中嶌哲演師のお名前も拝見できた。
行路をさらに北へとり、居住制限区域にあるJR富岡駅へ。無人の廃墟となった駅前商店街には、2時46分過ぎで止まった時計のぶら下がる美容院を実地に見る。見学者の来訪も多くなったためか、道路に面した崩壊の危険のある家屋には、立ち入り禁止を示すロープが張られていた。津波に流されて残骸同然のホームには改札の柵だけが残り、ホーム屋根の向こうに見える海岸線には、除染残土を入れた黒いフレコンバッグが並び、作業用クレーンが稼働している。
駅を外れると、ツーバイフォーの真新しい住居がいくつも見られた。避難された居住者の無念と困難はいかばかりであろう。
最後は、行程で最北となる、「夜ノ森」の桜並木へ向かう。帰還困難区域との境に設置された柵を見ながらバスで走り抜けた。
今回、工藤氏の案内は、要所の解説はもちろんのこと、被災・避難者の皆さんが直面している困難と諸問題についても説き及ぶものだった。時に、激して涙ぐまれるお話しには、このような事態を引き起こした者への怒りがあり、聞く者の《これから》を問うものであった。改めて、工藤氏の活動と証言に感謝申し上げる。

フクシマツアーに参加して                               駒場書籍 井上文雄

3.11後、会津に2度、「いわき市の小名浜港・塩屋岬・スパリゾートハワイアンズ」コースに2度、飯館村経由の浪江町訪問も2度、今回の訪問は7度目の福島入りでした。
今回が一番厳しい印象を持ちました。暗澹たる気分、4年半もたつのに、昨年の浪江町と同じとは。田畑であったろう内陸にまだ漁船、積み重なった錆びた自動車、軽トラが飛び込んだままの家、崩れたままの駅前商店街。丘から見下ろすと、かつて田だった海につながる平地は、「除染」の草や土を入れた1トン土嚢で埋め尽くされていました。その「仮置き場」の土嚢は6段重ねだそうです。土嚢の袋の耐用年数は2年と解説がありました。仮置き場から中間貯蔵施設、最終処分場にいつ移動できるのか見通しはなく、耐用年数を過ぎたら、また袋詰めするのでしょうか。なんという無駄!賽の河原の石積みが頭をよぎります。ゼネコンに国家の税金が際限なく投入される「除染利権ムラができた」と飯館村の人が怒っていたことを思い出していました。「土地を提供した人達は、『ここが最終処分場だとわかっているんだよ。』と言っている。」という解説。東電・国は許せません!
昼食場所を提供してくださったお寺のご住職夫妻、解説をしてくださった方、裁判闘争をおこなっているとのこと、頭が下がります。暗澹たる気分にさせてしまう現実に真正面からぶつかっているエネルギー、正義感、使命感に敬意の念をもちました。「ヒロシマ・ナガサキの人が核廃絶の使命を負ったように、フクシマの人間は脱原発の使命を負ったのだ。」という趣旨のことをおっしゃったことが胸にささるようでした。
私は育苗つながりで宮城県名取市の海岸林再生プロジェクトを応援していますが、この機にフクシマを応援するなんらかの行動を起こそうと決意しました。
最後にお礼を。こんなに有意義だったのは解説をしてくださった方がいたこと。その連絡調整と参加しやすい費用で企画してくれた手塚さん、ありがとうございます。手塚さんの無理をきいてドライバーを引き受けてくれた伊藤隆志さんにも感謝です。


20141031
フクシマ・ツアー2の感想文
  所沢市花園2-2413-8 佐藤哲雄

10月28・29日のフクシマ・ツアー2お疲れさまでした。ご案内いただいた工藤さん、同伴の皆様に感謝申し上げます。
ツアーで体験(見たり聞いたりした)したほんの一部ですが感想文を記します。
1.除染袋
除染袋(重量1トン、厚いビニール製、東電の第1原発事故に伴う放射能汚染廃棄物<主に土壌>を保管するバッグ)がいたるところにありました。一部田んぼも犠牲になっていました。仮置き場が不足で、盛んに造成していました。
ご案内してくれた工藤さん(医療生協事務局)は仮置き場といっても、何万トンもあり移動に何十年も掛かってしまうから永久置き場と同じようなものとおしゃっていました。除染袋は耐用年数3年と表記してありました。当初のものは3年経ちました。どうしようとするのか先が見えません。
原則3段積みだそうですが、一部は何段にも積んであって、押し潰されたり、日光や雨風に劣化して中の放射能汚染物質が漏えいしそうでした。(実際に漏えい事故が報道されています)中間貯蔵施設や最終貯蔵施設の候補地探しは難航しているとの報道です。
2.JR富岡駅(常磐線)
 居住制限区域(放射能汚染のため日中しか立ち入りできない)ということで、富岡駅周辺の破壊された無残な住居はそのままでした。駅のホームだったところに立って見ましたが、雑草が生い茂り面影もない。私が、高校3年間通学した湧網線(北海道オホーツク海に面した網走、中湧別間89.8㎞)が1987年に廃線になりました。2003年還暦祝いの同窓会で湧網線芭露(ばろう)駅に行ってみたら、自分が住んだ鉄道官舎も線路もありませんでした。しかし、駅舎はそのままで、ホームも住民がきれいに管理していました。
 富岡駅は東電の第1原発事故による放射能汚染さえなければ、生活の拠点であり、思い出が詰まった駅舎を住民は復旧工事が終わるまで、雑草を生い茂させることはなかったと思います。
多くのことを考えさせられた2日間でした。次回も是非参加します。


 東大生協OB会10周年企画「フクシマ・ツアー2」に参加して(2名)
                                 本田 月男

実行委員のみなさん、参加者のみなさん大変お世話になりありがとうございました。
私にとって28日、29日は天国と地獄を一度にあじわった様な二日間でした。
初日の飯坂温泉は旅館の施設を除けば温泉も良く、文学ゆかりの地で楽しい一日でした。
二日目の被災地楢葉町、富岡町の風景はあまりにも苛酷で3:11の時が停まったままのようでした。
ガイドの工藤さんは涙をこらえながら的確にしかも情熱的に案内して頂きました。感謝、感謝です!
今後、私たちはこの悲惨な状況を広め福島を支える行動を起こさねばと痛感しました。
天候にも恵まれ大変良い企画だったと思います。ありがとうございました。

秋の虹 遥か彼方に 安達太良山

汚染地や 人は住まねど 秋の草
                                 本田 益代
「百聞は一に如かず」やはり福島に行って良かったと思います。被災地を訪れかなりのショックを受け未だに落ち着きません。落ち着いたら徐々に福島のこと、周りに伝えていこうと思います。
又、福島で起きたこととその変化を一生見つめていくつもりです。
あれだけの内容でお安い会費に感謝しております。ありがとうございました。

フクシマツアー2の感想                                        宮内 隆

昨年のツアーで現地の方から言われた言葉。
「福島を忘れないでほしい。福島の実態を知らせてほしい」
「あなた方は、あなた方の持ち場で反原発の行動をしてほしい」
今年も、現地の方々からは同じことを言われたと思いました。
事故から3年7ヵ月たってマスコミの報道量も減り、どうしても風化してきてしまう。
見てきた者が、聴いてきた者が、学んだ者が、意思を持って実態を周りの知り合いに知らせることが必要と思う。現地で購入したDVD「福島原発事故 絶望から希望へ」の内容と訴えで、理解が深まりました。
ツアーを機会に、改めて、知らせるそして原発0を目指す行動を、そして福島への観光と福島産品の購入を続けて行きたいと思いました。

福島ツアー感想文                                          鈴木 恭
福島ツアーを企画されたみなさんありがとうございました。浜通り医療生協の担当の方、芯の通ったガイドありがとうございました。
 私は3月に常磐を訪れたとき、現地を見ようと北上したのですが、途中で止められ断念せざるをえなかったため今回、OB・OG会の企画に急遽加えさせていただきました。現地を見た率直な感想は、改めて聞くと見るとでは大違いだなという思いと、ガイドいただいた浜通り医療生協の担当の方の語りの中から、原発事故のもたらした被害は目に見えない困難を福島の方々に負わせているのだなという思いです。改めて国と東電に、一日でも早く必要な保障をせよとの声をあげていくことの大切さとこの事実を一人でも多くの人に知らせることが必要だと痛感しました。同時に、二度と同じことを起こさないために、どのような政治を作るのかが大事であり、そのための重要な選択の場としての選挙を大切にしていくことが必要だと思いました。当面すぐは沖縄の知事選です。物でも心でもいい可能な支援をしたいと思っています。

福島ツアー感想文                                          坪井盛治 

 今回のツアー企画、立案から当日の運営までほんとうにありがとうございました。有意義な時間を過ごさせていただきました。2日目の浜通り医療生協・工藤さんのガイドは充実していました。北上し原発に近づくに連れ線量計の値も上がり、私の気持ちも落ち着かなくなりました。崩れたままの家屋や雑草が生い茂る田畑など、3年以上も前の事故・災害の悲惨さを目の当たりしました。散在する廃棄物の山は、原発推進の誤りをわかりやすく見せています。「原発収束宣言の撤回」、「原発即時ゼロ」、原発公害訴訟の勝利のために微力ながら関わりたいと思います。

福島いわきツアー感想文

富岡駅が強烈でした。医療生協の工藤さんの案内はとても良かったです。
さて、一句読んでみました。

「白河で紅葉見るや10℃」

「紅葉や安達太良山は空暗く」

「時止まり富岡の田にススキゆれ」

「終わりなき除染作業に枯葉まう」

「コスモスや帰還困難宅に咲き」
バス運転の伊藤さん、会計の對馬さん、取り仕切りの手塚さん、そしてみなさま、
お疲れ様、ありがとうございました。                   OB会俳句同好会員・杉目一紀

私もいけた.その訳は①②③⑤ だからフクシマいけた。                高橋晴雄

伊藤隆志さんの安定速度・安全運転・絶妙な休憩・2回目だったので安心して参加できた。運転席の後ろ席でずっとみていた。すごい。前回は83歳の田崎さん、今回は90歳のひとももかくしゃく参加・けったいな病気中のわたしも参加できた。
手塚 テツチャン、長時間運行中 ジョークの連発手際いいマジな手配、前回確認済みだった。今回もたがわずの手配士だった、愛嬌のある福島弁。彼の功績は誰でも取り組めるルールを先鞭でつくったこと。
とにかく安い費用・・・。新幹線料金だけで福島まで2万円弱  なのに交通費込み宿泊2食付で1万数千円・安給料・年金生活者にはありがたい。しかもおしゃべり
杉目一紀さんらの企画執行がていねい。不言実行。新たな実行委員を加えありがたかった。
なんといっても懐かしい仲間に会えるかもしれない。会えば笑いが出るし、笑えば元気になる。この魅力が 体の調子で参加を逡巡していた私をひきつけた。結果大丈夫だった
なんと90歳の大先輩も参加しているではないか。
かくしゃく・ふくしまへの定見など,フロと同室で井上さんらと伺えた。30年ぶりであうひと・2本松から放射線と闘う農民の根本さんなどと楽しい語らい・百聞は1食〔触〕にしかず、ですね
翌日浜どおりへ。被災者から被災地で当事者〔被災者〕から聞き観る
百聞は一観にしかず。
被災地の各所にたっての医療生協の工藤さんの説明を聞き歩きながら参加者一どうそれぞれに、事態の重大さを目の当たりにして聞き入った。工藤さんを紹介してくれたのは、福島大生協OB旧知の菅井さん。彼は福島に取っ掛かりのない希望者のために福島県9条の会に在って、5コースをつくった。工藤さんはそのひとつコース。私は千葉コープ0B回での体験で工藤さんに感涙。手塚氏が連絡を取って実行委員と企画。生協の人は単位生協を越えて赤い糸でつながれているのかなー。
私にとっての福島・フクシマ
故郷がみちのく なので何度も通うちに 原子力推進のウソや闇が見えてきた。”避難路があるから“、”原子規制基準“にそっているから再稼動という川内原発再稼動は 避難から始まる地獄という現実が否定している。使用済み核燃料も捨てられない、廃炉に40年。30年・100年1万年の放射線。火山、地震国日本、ひとたび起きれはそれこそ日本史〔世界史〕をかえる大事態になる。私には孫がいて、孫の世代がいる。未来世代から収奪して今の利権を守ろうとする暴力構造。今を生きる私もあらゆる個人も団体もそれぞれの条件を生かしてむきあっていくことが希望となる。私はもうすぐ77歳。

福島ツアーに参加して                                        對馬秀子

東日本大震災・福島原発事故以後、福島の被災地を訪れたいという念願がかないました。東大生協OB会の皆様、現地でご案内下さった浜通り医療生協の工藤史雄様に感謝申し上げます。
紅葉をはじめた山々、里には屋根瓦のどっしりした家々が建ち並び、オレンジ色に熟した柿がたわわに実り、田畑は耕作が終わったところと放置され草茫々に荒れたところ、駅前のシャッター通りのように静まりかえった町並み。一見何気ない風景が目の前にあった。しかし、近くへ寄ると、窓が割れ、壁がはがれ、柱がむき出しになって傾いた家。そして、原発の作業関係者以外、道を歩く人、田畑を耕す人、うろつく猫、庭先に洗濯物がなく生活が消えていた。
放射能は、実際どのように変化するのかを所々で測定しました。自宅では、家の中も外も、0.05から0.06まででした。頂いた避難指示区域の概念図の色分けを見ながら、時々に測定しました。飯坂温泉では、0.09前後で、バスのコースに沿って値は変化し、場所によって0.09から1.9前後でした。しかし、何回か測定するうちに、数値に対する感覚が麻痺してくるような気がしました。色もなく臭いない、目で、膚で感じることができない。放射能に色がついていたら、ここの景色はどんな色になるのだろうかと想像した。
工藤氏のお話は、身につまされるものでした。そして、「三度、人生を狂わされた。一つが、原発の立地、次に3年前の3月11日の震災、最後に賠償問題」という言葉。たとえ、作付けが出来ないことがわかっていても耕された田畑、その大切な田畑のど真ん中が「仮置き場」として黒い袋のゴミが積まれ、青いビニールで被われていた。楢葉町には、このような仮置き場が23カ所もあるという。これを他所に移すのは、袋の耐用年数(袋には3年とある)や移動させるに必要な時間から物理的に不可能とのことでもあった。被災者が、なぜ、このように人間の尊厳を傷つけられ、このような理不尽な扱いを受けなければいけないのか。少しでも多くの人に、この現場を見て欲しいと痛切に思った。工藤氏は「語り部」としての役目について述べておられた。短期間の見聞きのためですべてを消化することはできませんが、自分のできる範囲で伝えたいと思いました。ありがとうございました。

<フクシマ・ツアー2に参加して>                                   H・F
 1 常磐線の ここから先は行かないという 竜田の駅で入場券を買う。
<10月29日1回限り有効 26.10.29 11:25 竜田40
1発行 ¥140>
2 雑草に覆われし線路錆て 自動販売機を壊す輩いて。
3 生い茂る セイタカアワダチソウに歓喜して 我恥ずかしく被災地の秋。
4 ひたむきに ひたむきに語る人あり いつしか声は嗚咽になりぬ。
5 そうなのか 広島・長崎・福島と 語る運命(さだめ)と 言うが口惜しい。

<フクシマ・ツアーの感想>                                   矢野和博
何度か見てはきましたが、工藤さんの心のこもった説明で、今回が最も印象的でした。
東大生協の学生理事だった吉村文則さんがやっている「NPО埼玉自然エネルギー協会」のお手伝いをしていますが、あらためて再生エネルギーの取り組みの意味を考えさせられました。

フクシマ・ツアー2の取り組んで・・・・私は、福島県福島市渡利の出身です。フクシマ・ツアーを昨年、今年と担当しました。現地の事は、参加者の方々がおっしゃる通りです。「百聞は一見に如かず」です。私は、『誰でも、取り組める、フクシマ・ツアー』をお知らせ致します。第一回目は「アゴ・足・枕」(食事・交通・宿)のすべてをそれぞれ手配し苦労しましたが、ワンパッケージで手配ができます。それは、「大学生協トラベルセンター」です。宿と車も、保険もできます。あとは「ドライバーの確保」これは、地域生協の物流関係者等もいます。(大型免許)、「ガイド」は、現地の方が一番。九条の会は、3つのコースを持っています。各地のOB会、同窓会、友の会、地域等の皆様、フクシマは、皆様の行動を希望してます。『誰でもできるフクシマ・ツアー』を、是非、取り組みましょう!!                                                  手塚忠男


2014年11月2日日曜日

津波・地震の爪痕

津波に流されて家に突っ込んだ軽トラ


原発近くの自転車の山

夜のさくらの森・本来なら花見でにぎわいがあったが・・放射線量も髙い
四倉 道の駅にて記念撮影
巨大津波で、破壊された「富岡駅」に参加者、茫然に。